応援団歴史

和歌山県立田辺高等学校應援團
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2005年度・副団長浜木綿の如くその大地に根を張り幾年月も耐え続ける
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田辺高校応援団の歴史

昭和37(西暦1962)夏

向ノ芝球場(和歌山市)にて有志数名によって全国高等学校野球選手権大会和歌山大会の応援をしたのがその始まりとなる。

昭和46(西暦1971)

田高祭にて第一回乱舞祭開催

昭和47(西暦1972)

「同好会」として新しいスタートを切り、應援團として本格的な活動を始める。

昭和49(西暦1974)

テレビ和歌山が開局、夏の高校野球和歌山県大会試合中継にともない、他校に先駆け視覚的応援を取り入れ、「鉾」(ほこ)を用いた「田辺ばやし」を創作。

昭和52(西暦1977)

オリジナルコンバットマーチ「田辺が大将」を発表し、中太鼓を整備。

野球部はこの年県大会を制し、紀和大会へ駒を進める。

昭和53(西暦1978)

和歌山放送ラジオにて「旧制田辺中学校校歌」の復活が実況放送される。大團旗、小團旗、大太鼓2基の備品を整備。

昭和55(西暦1980)

7月、「クラブ昇格」が承認される。田高祭にて「クラブ昇格記念第6回乱舞祭」を開催。

昭和56(西暦1981)

「田高音頭」を製作。30年ぶりに「田高学生歌」を復活。

田高祭にて「創團20周年記念第7回乱舞祭」を開催。

昭和57(西暦1982)

1月、新しく紀南文化会館として生まれ変わるため、撤去となる田辺市公会堂の「ありがとう公会堂大会」にて大乱舞。「創團20周年記念」の一環として「創團20周年記念レコード」を制作し、5月に非売品として配布する。

当時、團長「殿水将人」氏は、「僕たちは長い應援團の歴史の中でも一番いい時期に団員になった。クラブ昇格をはたし、記念レコード制作が出来て、本当に幸運だ」と語っておられます。

昭和58(西暦1983)

旧制田辺中学校当時の応援歌として親しまれていた「南紀の空」を田辺中学校OBの方々のご協力を得て復活させる。

昭和61(西暦1986)

創團25周年を記念して、「四半世紀のうたげ」を発表。百年旗を製作。

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