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応援歌 田辺高校応援団

田辺高校応援団 > 歌詞歌集(校歌・応援歌)
2006年度・団長 応援歌
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校歌の歌詞と曲の紹介

田辺高校には田辺高等学校校歌のほか、田辺高等学校が設置される前の旧制田辺中学校と旧制田辺高等女学校の校歌が存在します。公式で使用されるのは田辺高等学校校歌ですが、この旧制学校時代の校歌を後世に伝承することも応援団の使命でもあります。

応援歌、愛唱歌の歌詞と曲の紹介

応援歌では「田高音頭」が広く知られております。両手に金の扇子を持って華麗に舞う姿は軽やかで、曲のテンポも音頭らしく晴れ晴れとしており、一度聞いたら忘れることのない応援歌です。

校歌・応援歌

和歌山県立田辺高等学校校歌

作詞 : 山田 直信

作曲 : 平井 康三郎

校歌・応援歌 > 校歌をを聴く

一.

なみよろふ

牟婁むろ(↓※1)やまなみの すがしさを

あさけの空に 仰ぐとき

理想は映えて 高かける

田辺高校若人我等

心に強き 誇あり

二.

風わたる

扇ヶ浜のまつなはて

はるけき海に思ふとき

真理は深く身に迫る

田辺高校若人我等

瞳にさとき光あり

三.

新た世の

道開きゆく雄々しさを

栄ある肩に荷ふとき

正義と愛に結び合ふ

田辺高校若人我等

ゆくては常に力あり

田辺中学校校歌

作歌 : 片岡鶴雄

作曲 : 益山謙吾

一.

萬古ばんこ動かぬ鷹(高)雄山たかおやま 永遠とわに流るる牟婁の海

ここぞ數(数)百の健兒(児)等が 競い生い立つ活躍地

我が中學(学)の英風は 扇ヶ浜の松千樹まつなわて

嵐氣(気)颯爽らんきさっそういや高く 白砂碧浪はくしゃへきろういや潔(清)し

二.

浮世の風は荒くとも よもゆるがじな(↓※2)我が心

花は都に美なりとも 實(実)る誠(心)はひな(↓※3)にあり

學(学)べ自然の訓(教)え草 田辺灣(湾)頭月清き

太平洋の一角に 碎(砕)くる波の壮觀(観)を

三.

底ひ知られぬ大海おおうみは 潜りてぞ知る其深み

雲井にひいる高峯は ぢてぞいよよ仰ぐなり

いでやはらか身体の つづく限りは怠らで

眞(真)理の海にさおささむ 善美の山に向上(のぼ)りてん

四.

國(国)のいしずえかたむるは 我ら學(学)徒の任なるぞ

起きてや日東南紀の士 熊野男児の眞(真)骨頂

現す時は遠からじ 神代この方國(国)民が

鍛ひ傳(伝)へし日本魂やまとだま 尚も研きて世にかん

田辺高等女学校校歌(誠の根ざし)

作歌 : 鳥山 啓

作曲 : 四竈 訥治

一.

牟婁の江の辺につどい来て

学びの海の沖遠く

真帆まほ追手おいてに進みつつ

正しき船路ふなじな過ちそ

二.

恵みの波も底清く

変えぬみさおはひと皆も

扇ヶ浜の磯馴そなれ松

深き根ざしぞ誠なる

固めよ根ざし 誠の根ざし

南紀の空

旧制田辺中学校応援歌。

昭和58年に旧制田辺中学校卒業生の協力のもと復活させました。

校歌・応援歌 > 南紀の空をを聴く

一.

南紀の空に 雲わきて

蚊竜こうりゅう(↓※4)ついに 昇天の

扇ヶ浜辺 波はおどり

緑の松に風くるう

おおお 我等が選手

おお 田高選手

二.

高尾の山や 牟婁の海

こぞりて君を送る今日

いざ大鵬たいほう(↓※5)の 誇り高く

けりてけや 雲さ裂きて

おおお 我等が選手

おお 田高選手

田高音頭

作詞 : OB会

作曲 : 熊本 規洋彦

昭和56(西暦1981)創団20周年を記念して制作。

校歌・応援歌 > 田高音頭をを聴く

一.

紀州田辺の名物ならば

はまゆう徴章マークの田高音頭

この歌唄えば心も軽く

成らぬも成すの技が出る

今日ももらった勝鬨かちどき

※ドドンとネ ソレ ドドンとネ

※ドドンとネ ソレ ドドンとネ

田高音頭で誉れ花

二.

まといかかげて音頭をとれば

金の扇子の波また波に

花も咲きます咲かせます

四角四面の世の中も

丸くおさめて 日本晴れ

※くり返し

田高音頭の乱れ打ち

<太鼓乱打 ワッショイ ワッショイ>

三.

鐘が鳴る鳴る自由の鐘が

大戸おおとの丘より西東

山脈やまなみはるかのりこえて

田高生の心意気

何処までとどくか 果てしない

※くり返し

田高音頭が鳴り響く

田辺高校学生歌

作詞 : 田中 詳二郎

作曲 : 小沢 正三

昭和23年からおよそ10年間学生の間で歌われた学生歌です。

現在の校歌が出来るまでその役目を果たし、入学式卒業式で歌われてきました。

昭和57年に1年がかりで卒業生の協力のもと復活させました。

一.

黒潮踊る南海の

伝統薫るこのつち

久遠くおんの真理 きわめんと

若き希望のに集う

田辺高校正気せいきあり

二.

自治と自由の旗風はたかぜ

新生 うたうこのくに

文化の先駆せんく人ありと

高き誇りの名に競う

田辺高校使命あり

三.

たかさがもつ若人の

むつみは深しこのその

理想の翼休めつつ

遠き飛躍の日に備う

田辺高校光輝あり

旗歌

作詞 : OB会

作曲 : ?

一.

扇ヶ浜に秋気満ち

松籟しょうらいみぎわに波立ちて

夕日に健児声高き

エールを友に上げし日よ

二.

熱球砂をかむところ

碧空へきくうとわに極まりて

力と業に恵まるる

王者の格を誇る日ぞ

三.

吹くかぜくうに胸を張り

氷の坂を登るとき

我が学び舎は鎮もりて

永久とわの真理にを開く

援團節

作詞 : OB会

作曲 : ?

一.

黒潮おどるここ紀州

武蔵坊弁慶生まれしを

我等が郷関きょうかん田辺町

二.

田辺の名所数あれど

天神崎てんじんざき奇絶峽きぜっきょう

奇峽岩ききょうがん扇浜おおぎはま

三.

扇ヶ浜をに下に

大戸の坂を登りしを

悠然かまゆる我が田高

四.

田高晴て入学し

胸の自覚も一段と

今日より天下の田高生

五.

田高生なら應援團

入團すれば厳しいが

男のクラブだ母校愛

六.

母校の為ならどこまでも

男度胸の應援團

明日の田高團でもつ

七.

俺でもつもつ可愛い子

娘泣かせのこの俺も

戦い勝っては男泣き

八.

俺の涙はお前ふき

お前の喜び分かちいて

共に歩むか應援團

九.

應援團よ団結で

気一致精神失わず

切磋琢磨で母校愛

田辺ばやし

昭和49(西暦1974)制作

昭和初期頃から田辺で歌い継がれてきた新民謡をアレンジしました。

一.

月に浮かれて扇ヶ浜で

今宵一夜は総踊り

ソレエ!ソレエ!

二.

姉が音頭取りゃ妹が踊る

親父ゃ気げんでえぇじゃないか

ソレエ!ソレエ!

三.

投げた松明たいまつみごとにとんだ

燃えてあがるぞ柱松

ソレエ!ソレエ!

四.

合わす手拍子波乗り越えて

届け白良しららの浜までも

ソレエ!ソレエ!

五.

浜は大漁でみのりも豊か

栄え田辺の町恋し

ソレエ!ソレエ!

尚風寮歌

旧制田辺中学校の尚風寮の歌です。

昭和60年乱舞祭にて復活を果たしました。

一.

あしたに仰ぐ三熊野みくまのの

山は高雄の峰にこそ

おおしく強き若人の

男の力示すなれ

二.

げに我が寮の立つ所

地は秀麗のすいにして

心も身をも磨くべき

牟婁のの風清し

三.

うしお花咲くみんなみ

熊野男児が名に誇る

歴史は古き学び舎の

我等が寮よ栄あれ

建遊歌

作詞 : OB会

作曲 : ?

校舎移転時(昭和40年代前半)制作

校歌・応援歌 > 建遊歌をを聴く

一.

大戸の丘を眺むれば

そそりし我等が学舎まなびや

浜木綿はまゆう花咲くその庭に

建ちし想いは遙かなり

夢をい抱きて野にうと

これぞ田高健男児

二.

赤い花なら君の手に

白き花なら吾が胸と

もろにわかちし青春の

喜び遙か過ぎさりて

今は出立ちゆく身とならば

きし幾年いくとせ忘れまじ

三.

永遠に母校の隆盛を

不変の情熱たぎらせて

あとに残りしともがら

粉骨砕身ふんこつさいしん母校愛

友の背涙でぬらすとて

己が心にのぞみあり

応援歌の歌詞用語解説

※1 牟婁(むろ)

かつて熊野と呼ばれた地域で現在の田辺市〜三重県北牟婁一帯を指す。江戸時代の紀伊続風土記によれば、大化改新後の孝徳天皇の時代(645-654)に、それまで熊野国だったこの地域を紀伊国に併合し、牟婁郡を置いたとされる。

※2 よもゆるがじな

よもは「決して〜ない」と言う意味であり、ここでは決して揺らぐことのないと詠っている

※3 鄙(ひな)

都を離れた土地≒田舎

※4 蚊竜(こうりゅう)

「みずち」とも読む。湖の中に住み、千年後「竜」となって飛び立つ時を待つ。この歌では、ついにその時が来たと詠っている。

※5 大鵬(たいほう)

古代中国の想像上の大鳥。「荘子」逍遥遊によれば、鯤(こん)という魚が化したもので、翼は3千里に達し、一飛びに9万里ものぼるという。応援歌の歌詞と大鵬薬品や野球選手の大鵬とは関係はありません。

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